不登校経験者しか不登校支援をしてはいけないのか!?

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先日、質問箱でこんな質問を受けたのでこのようにお返しさせていただきました。↓

このことについてもう少し付け加えて話したことがあったので書かせていただきます。

学校の通う価値は1000円⁉

まず質問者が言うようにぼくには不登校経験はありません

そして、厳しい親??から『学校は休んではいけないものだ』と教え込まれていたため、学校に行く以外の選択肢を持っていませんでした。当時のぼくには学校に行くか行かないかではなく、学校に行くか死ぬかの2択だったと思います。

(ここからは余談ですが、ぼくの姉は中学~高校にかけて拒食症になり入院もしていました。姉が拒食症になったのには色々な要因はあるとは思いますが、今思えば親から常識の押し付けによるストレスも大きかったのだと思います。ちなみに今は元気に過ごしています。)

そんなわけで実は自分も紙一重のところで学校に行っていたとのだと思います。

そうやって親の言う通りに学校を休まずに行っていたぼくは高校生の時に皆勤賞を取りました。

すると、卒業式の日に校長室に呼ばれて「皆勤賞おめでとう!よく頑張ったね!」と賞状と1000円分の図書カードをもらいました。

しかし、ぼくは少しも嬉しくありませんでした。

それどころか『ぼくのあの頑張りの価値は1000円分にしかならないのか…』とアホらしくなったのです。

それだけでなく3年間休まずに高校に行っていても大学受験は上手くいかず浪人することになったのでした…。

そして今、嫌々通っていた高校の3年間を思い返そうとしてもポッカリ穴が開いてしまったかのように思い出せないんですよね。もちろん高校のときのクラスメイトとも成人式以外で会うこともSNSで連絡を取ることもありません。

そんなわけで青春の代名詞である高校生活はぼくにとって今まで生きてきた人生で最もつまらない日々でした。

こんなことなら無理して学校に通わなければよかったと後悔をしています。

非不登校経験者が不登校支援をする意義

自分は不登校を経験して苦しい想いをしたから不登校支援のために声を上げたいと思っている人は多くいると思います。不登校経験者にしか語れない経験談はとても貴重なものだと思います。

しかし、不登校の問題を解決するにはそれだけでは不十分だと思います。

なぜなら少数派が少数派だけで声を上げても多数派の人から「何をわがままを言っているんだ」と思われかねないからです。

だからこそ非不登校経験者を巻き込む必要があるのです。

黒人差別やLGBTなども当事者ではない人を巻き込んだからこそ理解が深まったのだと思います。

だから、お前は不登校経験者じゃないのに不登校のことをツイートするな!というのは見当違いです

むしろ非不登校経験者も不登校について発信しやすくしていくことが今後の不登校を取り巻く環境の改善に繋がっていきます。

非不登校経験者が不登校について語りにくい環境を作ることは自分たちの首を絞めることになってしまいます。

もっと多くの人に不登校のことについて気軽に発信できるような環境を作っていきましょう。

人の心はどこまでも理解できない

不登校の気持ちはどこまで理解しているのか?と聞かれましたが、

ぼくは不登校の気持ちどころか他人の気持ちは基本的に理解できないものと思っています。

誰一人同じバックグラウンドで生きてきた人なんていないので理解できなくて当然だと思います。

だから、、、

相手の気持ち理解する事よりも大切な事は他人の心に寄り添うことだと思います。

もちろん、相手の心を理解することはできないので時には間違ったことを言ってしまうこともあるでしょう。そんなときは今度はあなたが慮ってあげてください。

そんな感じでお互いが相手を思いやることで段々と良い関係を気づき上げていくことができます。

なぜぼくは不登校支援をするのか

その理由に関しては過去の記事『日本の子どもの不登校支援も国際協力なんだぜ』でも書きました。

ぼくはこの世界の全ての人間を地球に住む1つの共同体と考えています。

世界中の全ての人と人はどこかしらで繋がっています。

だから、不登校の子が約13万人もいるのに学校に行かないというだけでその子たちの可能性が失われてしまうのは世界にとって大損失だと思うのです。

もし、彼らの才能が十分に発揮できたなら日本はもちろん世界全体が良くなるはずです。

そして、なぜ不登校支援をやろうと思ったのかですが…

それは今の自分が一番多くのエネルギーと情熱を注げることができると思ったからです。

それ以外の理由はほぼ後付けです。

最後に今回このようなことを書くきっかけとなる質問もくれた方に感謝いたします。

ありがとうございました。

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