好きな事をやるのは甘えではない理由 その2
好きな事をやるのは甘えではない理由~その1~ではオームの法則から好きな事をすることの効率の良さについて考えていきました。
しかし、ただ効率が良いというだけで『甘えではない』という理由としては薄いですね。
たぶん多くの人が甘えだという理由は、『それでは社会に出て働けないだろ!』ということだと思います。
そのために『好きな事をやるは甘え』という考えから抜け出すには『働く・仕事』について考える必要があります。
そもそも『働く・仕事』とは?
ではでは、そもそも『働く・仕事』とは一体何でしょうか?
なぜわれわれは働く必要があるのでしょうか?
それはもちろん生きるためですね。
われわれ人間は自然界においては、鋭い牙や爪も空を飛べる翼も敵から逃げる速い脚も持っていない身体的劣等性を持っています。だからこそは集団を作り、身を守り、食料を確保し生きてきたわけです。
つまり人はひとりでは生きていけないからこそ集団を作ったのです。
そして、ただ群れているだけでなく、人間はそれぞれの特性を活かした『分業』という画期的な働き方をしているのです。
もう少し具体的な話をすると…
例えば、弓矢を作るのが得意な人がいたとします。彼の作った弓矢を使えば獲物への命中率が向上し狩りが成功しやすくなります。しかし、彼は目が悪く、体力もないため狩りは下手くそです。
そこにもう一人、狩りが得意な人がいたとします。彼は目が良く、体力もあります。しかし、手先が不器用で弓矢を作るのが下手くそです。
彼らは最初はひとりで弓矢を作り、ひとりで狩りをしていましたが上手くいきません。
しかし、そこで彼らは気がつくわけです。
自分ひとりで1から10をやるよりも弓矢を作るのが得意な人は弓矢を作ることに専念し、精度の高い弓矢を狩りの得意な人に渡し、狩りの得意な人は弓矢を作らず狩りに専念すれば、今より沢山の獲物を得ることができると。
つまり、お互いの不得意を得意でカバーし合うことで、その集団(共同体)の生産力は上がるということです。
しかも、その1で書いたように、好きな事をすることは学びの効率も良く、それだけに専念することで更に技術は向上していきます。
このように、分業社会の共同体において『利己』(好きな事)を極めていくことが『利他』に繋がっていくのです。
これが、好きな事をすることが甘えではない最大の理由です。
多様性が世界を豊かにする
近年では、何でも1人でできてしまい分業をしている感覚が少ないかもしれませんが、周りを見渡せば世の中が分業に溢れていることに気づけると思います。
そして分業の観点から考えてみると、総理大臣から大企業の社長、農夫、サラリーマン、掃除のおばちゃん、専業主婦に至るまで、ありとあやゆる全ての仕事が『共同体の誰かがやらなければならないこと』であり、そこに優劣はないと言えます。
好きな事をして、好きを極めていくことで、それを必要とする人が助けられるのです。
この多様性こそが共同体(世界)を豊かにしていくのです。
ぼくらは支え合わずには生きていけません。だから、あなたの好き・得意は必ず誰かに役に立つはずです。
最後まで、読んでいただきありがとうございました。
この話は『幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII』を参考に書いています。
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