ラオスの仏教から学んだ持たない生き方《ラオス出家生活まとめ》

この記事をシェアする

どうも、ラオスのジーコです。

出家が終わってからよく聞かれるのが

「出家してから何か変わった?」

ってことです。

個人的には自分の中で何かが大きく変化したということはないと思っています。

けれど、出家を通して気づいたことは多くありました。

つまり、『変化』ではなく、元々あったものに『気づいた』ということです。

では、今回の記事では、出家生活で気づいたことの1つ

『持たない生き方』

というものを書いていきたいと思います。

ぼくが出家するとき、出家先のお寺のお坊さんに出家する際に必要なものってあるかを聞いたら、

「歯磨きセットかなぁ」

と言われ、

え?!それ以外は???

と困惑しました。

しかし、実際に当日になってみると、本当に何も必要ありませんでした。

なぜなら、お坊さんが持っているものといえば、袈裟と托鉢につかう鉢(バード)だけだからです。

基本的に戒律で装飾品を身に付けるのはNGですし、お金を持つことも本来はNGです。

ブッダの教えの基本にも『諸法無我』という「あらゆる事物には、永遠・不変な本性である我がないということ」が言われています。

袈裟もご飯もお金もその他の生活必需品などもすべて信者の人からもらったもので、自分の持ち物ではありません。

つまり、お坊さんは基本的には何も持っていないのです。

仏教では持たないことを良しとします。

しかし、ぼくらはこれまで自分の物を持つことを良しとする教育を受け続けてきました。

例えば、

自分のものにはちゃんと名前を書きなさい。

将来のために貯金をしなさい。

良いものを身につけなさい。

プライドを持ちなさい。

良い役職(肩書)を持てるようにしなさい。

けれど、自分のモノが増えれば増えるほど、自分の背中にのしかかるモノは増えて身体の自由は失います。

そして、自分のモノを持つと自分のモノを誰かに盗られる恐怖が生まれます。

つまり、多くのモノを持つことは自分自身で多くの敵を作ることになります。

お坊さんたちが心穏やかにできるのは、自分のモノを持たないからです。

他者に盗られるものが無ければ、もちろん恐怖は生まれませんし敵も作る必要もないということです。

このお坊さんの『持たない生き方』からぼくが学んだことは、

ぼくらが蓄えるべきは、お金などの目に見えて他人に盗まれる可能性のあるモノではなくて、他者に盗まれないモノを蓄えるということです。

他者に盗まれないモノとは何かというと

・知識・知恵

・スキル

・筋力

・信用

・心の豊かさ

です。

そんなわけで手始めに筋力を蓄えるためにジムに通い始めました

実は元体操競技をやっていたぼくですが、ここ数年はほとんど身体も動かしておらず、筋力は落ち、体力も落ち、この前はインフルエンザにかかり40度近い近い熱を出し寝込んでいました。

しかし、

ここで筋力をつけることによって、健康的な身体を手に入れることができます。

身体と心は密接に関わっているので健康的な身体を手に入れることで心も安定します。

心が安定すると知識やスキルを上げるための努力に打ち込むことができます。

知識やスキルが上がると他者からの信用がついてきます。

つまり、筋トレをすることで良い循環が生まれ「持たない生き方」の効果をより効率的に発揮してくれるわけです。

ところで、仏教で教えられるような「持たない生き方」は古いのだろうか?

いやいやそんなことはない。

今、時代の最先端を行くキングコング西野はこう言っている。

『まもなく『貯金』の時代が終わり、信用を貯める『貯信』の時代が来る。』

lineblog.me

出家から学んだ仏教的生き方は今の時代でも通用する。

いや、むしろ螺旋階段を一周廻って、今の時代の最先端の生き方が仏教的生き方に戻っている。そのように感じています。

そんなわけで、一緒に筋トレ始めませんか??

この記事をシェアする